マルセイユタロット 大アルカナ 02女教皇 意味まとめ

女教皇

女性の教皇がキリスト教における「絶対的」な価値基準を示す聖典を手にしている。

【意味】

あなたがあなたでいる絶対的な判断基準。理由や条件ではない体に染みついている基準。聖域

体に刻み込まれている譲れない判断基準を人は自然と身につけてゆきます。あの人はこれを平気とおもうかもしれないけど私は絶対に嫌!と理由ではなく生理的に譲れない物聖域や線といったものが存在します。それがここでは判断基準となり正しいとゆうことです。それは状況や相手によってかわるものではありません(相対的じゃない)。線引き、キャパなど。この線こそがあなたらしさであり見逃してはいけない大事なアイデンティティです。

寒い↔暑い、快↔不快、この感覚は体とゆうセンサーがもっているものです。

ぶっちゃけどうなんだろう?と体に問いかけてみるとよいでしょう

絶対的なその基準によって物事を判断されるべき世界がここにあるのです。

【どんな時このカードがでるの?】

心に蓋をして素直な気持ちを出せないでいる時

自分がなくなっちゃう時

この感覚を無視して自分を見失う時

(わたしが頑張ればいい、ではないあなたも人間なのでから。ハッキリと嫌と言わなくてはいけない)

嫌われるのが怖くて自分を出せない時

人に合わせてばかりの時

【こんな世界観】

物事を決める時には判断基準が必要です。例えば嫌われるのが怖いから相手に合わせてしまう事ってあります。けれどいつだって自分の線をないがしろにして合わせてしまっていてはあなたらしさとゆう線があやふやとなっていきます。人とあなたは違うとゆう線引きをしなくてはいけません。あなたのキャパは相手ではなくあなたが決めなくてはいけないとゆうことです。そして頭でばかり考えてしまったり周囲の目を気にしてばかりいるとこのあなたの大事なセンサーは悲鳴を上げだします。体は正直です。嘘をつきません。あなたの感覚で決めていくのがここでは絶対的な基準(聖書)だとゆうことです。

【世界観の位置づけ】

・主体性・中

・位置・体  

【オポジションカード(対比)】

12 吊るされた男・・> 自分の考えでは決められない状況

(女教皇:自分で決められる)

◇18 力・> 自分の感覚さえもわからない状態

(女教皇:自分の体の感覚が基準、すべて)

【まとめ】

多くの場合、何かを我慢して無理をしている時にこのカードがよくでます。そしてそれは「あなたの体はセンサーを発していてそれに従った方がいい」時です。周りに合わせ過ぎて体が不調をきたしているのに頑張り続けている時もそうです。これ以上続けたら病気になっちゃうよ。あなたじゃなくなっちゃうよ。あなたを見失うよ。そういっている時です。人はこの感覚を自然と身に着けていきます。だから論理的な理由など必要ではありません。「人を殺してはいけない理由?」「そんなのだめだからに決まってんでしょ?」「ダメなものはダメ」そうゆうことです。論理的は判断をするのは「8正義」の世界ですから関係ありません。